東京高等裁判所 昭和59年(ネ)339号 判決 1985年6月26日
控訴人 根本洋一
被控訴人 渡辺晃次
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決
二 被控訴人
控訴棄却の判決
ただし、請求の趣旨を「控訴人は被控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の土地について、千葉地方法務局成田出張所昭和56年6月4日受付第10168号をもつてなされた同年4月25日遺贈を原因とする所有権移転登記を、右同日相続を原因とする被控訴人の持分5分の1、控訴人の持分5分の4とする所有権移転登記に更正する登記手続をせよ。」と減縮した。
第二当事者双方の主張及び証拠関係
次のとおり訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 原判決2枚目表6行目「原告は」から同8行目末尾までを「栄太郎の相続人は、被控訴人(庶子 相続分5分の1)、根本モト(養子相続分5分の2)、控訴人(栄太郎の養子亡浩の代襲相続人相続分5分の1)、尾林萬里子(栄太郎の養子亡浩の代襲相続人 相続分5分の1)である。」と改める。
二 原判決4枚目表2行目「3分の1」を「5分の1」と改める。
理由
当裁判所は、被控訴人の本件請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり訂正するほかは原判決理由と同一であるから、これを引用する。
一 原判決5枚目表6行目「本件公正証書」から同8行目「証拠はない。」までを「栄太郎所有であつた本件土地の上にはかねて控訴人の父根本浩所有の建物が存在しており、栄太郎生前の昭和47年中に浩に対して本件土地が贈与され、右贈与を原因とする所有権移転登記がなされた後右登記は抹消されているが(その理由は明確でない。)、浩が昭和49年1月26日死亡した後の昭和50年10月中旬ころ、栄太郎は同人方において浩の長男(栄太郎の孫)である控訴人、栄太郎の友人小山内喬逸及び前記尾林国男が集つた席上で控訴人に対し、自分が死亡したら本件土地を贈与する旨申し向け、控訴人においてこれを承諾し、その際前記小山内の提案により右事実を公正証書によつて明確にしておくことの合意がなされて、本件公正証書作成の運びにいたつたことが認められる。してみれば、本件土地は昭和50年10月中旬ころ栄太郎から控訴人に対して死因贈与されたものというべきである。」と改める。
二 原判決5枚目表10行目「本件死因贈与」から同裏1行目「右をもつて」までを「前出乙第1号証、原審証人小山内喬逸、同尾林国男の各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、栄太郎は、前記死因贈与を行つた昭和50年10月ころは、健康体で精神に異常は見られず、同月31日には遺言公正証書作成のため、公証人役場まで出向いて行つたことが認められる。もつとも、右乙第1号証(遺言公正証書)には、栄太郎が病気のため署名できないので公証人が代署した旨の記載があるが、前記各証人の証言によれば、栄太郎は文字を書くことが不得意であつたためその署名を代署してもらつたことが認められるので、右記載をもつて」と改める。
三 原判決5枚目裏7行目及び10行目の各「3分の1」をいずれも「5分の1」と、同末行「因みに」から原判決6枚目表3行目末尾までを「なお、被相続人の有していた贈与の取消権が相続の対象となり得ることはいうまでもないところであり、その場合、被相続人のした贈与を全部取り消そうとする場合には、相続人全員による取消しが必要であるが、他方、相続人のうちの一人が、その相続分に相当する部分に限定して、贈与の一部を取り消すことも可能であると解され(取消権の可分性)、その場合には、当該相続人が単独でその相続分に係る部分を取り消すことができるというべきである。」とそれぞれ改める。
四 原判決6枚目表5行目から同7枚目9行目までを次のとおり改める。
民法550条が書面によらない贈与を取り消しうるものとした趣旨は、贈与者が軽率に贈与を行うことを予防するとともに贈与の意思を明確にし後日紛争が生じることを避けるためであるから、贈与が書面によつてされたものといえるためには、贈与の意思表示自体が書面によつてなされたこと、又は、書面が贈与の直接当事者において作成され、これに贈与その他の類似の文言が記載されていることは、必ずしも必要でなく、当事者の関与又は了解のもとに作成された書面において贈与のあつたことを確実に看取しうる程度の記載がされていれば足りるものと解すべきところ、前記遺言公正証書は、栄太郎の嘱託に基づいて公証人が作成したものであり、右公正証書には前記死因贈与の意思表示自体は記載されておらず、また、これを死因贈与の当事者間において作成された文書ということもできないが、前記認定のように、栄太郎が本件土地を控訴人に死因贈与し、栄太郎は右死因贈与の事実を明確にしておくため公正証書を作成することとし、控訴人の了解の下に前記遺言公正証書の作成を嘱託したことが認められ、このことと遺贈と死因贈与とはいずれも贈与者の死亡により受贈者に対する贈与の効力を生じさせることを目的とする意思表示である点において実質的には変わりがないことにかんがみると、前記遺言公正証書は前記死因贈与について作成されたものであり、前記のようなかしの存在により公正証書としての効力は有しないものの、右死因贈与について民法550条所定の書面としての効果を否定することはできないものというべきである。
したがつて、本件死因贈与は書面によるものというべきであり、これを取り消すことは許されない。
よつて、被控訴人の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
以上によれば、被控訴人の本件請求を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。
よつて、原判決を取り消して被控訴人の本件請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法96条、89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 高橋正 清水信之)
〔参照〕原審(千葉地佐倉支 昭57(ワ)114号 昭59.1.25判決)
主文
1 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、千葉地方法務局成圧出張所昭和56年6月4日受付第10168号をもつてなされた同年4月25日遺贈を原因とする所有権移転登記を、右同日相続を原因とする原告の持分3分の1、被告の持分3分の2の割合による所有権移転登記に更正する登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 右に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)は元訴外亡根本栄太郎が所有していたが、同人は昭和56年4月25日84歳で死亡した。
2 原告は、栄太郎の子供であり、その法定相続分は3分の1である。因みに、被告は栄太郎の孫であり、栄太郎の代襲相続人である。
3 被告は、本件土地につき主文1項掲記の遺贈(以下「本件遺贈」という)を原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という)手続を経由して、本件土地の所有権全部を取得したかの如き登記手続を経由した。
4 しかるに、本件遺贈は、昭和50年10月31日千葉地方法務局所属公証人板井俊雄の役場において、昭和50年第308号遺言公正証書(以下「本件公正証書」という)をもつてなされた遺言(以下「本件遺言」という)によるものであるところ、本件遺言に立会つた2名の証人のうち訴外尾林國男は、栄太郎の当時の代襲相続人訴外尾林萬理子の配偶者であつて、民法974条3号の欠格事由を有する者であつた。
5 右により、本件遺言は、立会証人2名の要件を充足せず、ないしは、欠格事由のある証人が立会つたことにより、いずれにせよ無効のものである。
6 よつて、本件公正証書ないし本件遺言に依拠してなされた本件登記を主文1項掲記のとおり更正する登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし4項は認め、5、6項は争う。
三 抗弁
本件遺言が無効であるとしても、昭和50年10月中旬ころ、栄太郎は被告に対し、栄太郎が死んだら本件土地を被告に贈与する旨申込み、被告は直ちにこれを承諾し、ここに死因贈与契約(以下「本件死因贈与」という)が成立していた。よつて、本件登記は結果的に実体と符合しているので、原告の請求は理由がない。
四 抗弁に対する認否
抗弁は否認し、争う。
五 再抗弁
1 仮に本件死因贈与があつたとしても、当時栄太郎は高齢と病気のため心神喪失の状態にあつたので、当該意思表示は無効である。
2 仮に本件死因贈与があつたとすれば、栄太郎の相続人として原告はこれを取消すこととし、その旨の意思表示を昭和57年12月8日第2回口頭弁論において陳述した同日付準備書面をもつてなした。
六 再抗弁に対する認否及び反駁
1 再抗弁1項は否認し、同2項は争う。
2 民法550条による取消権の行使は、共同相続人がこれをなす場合、相続分の過半数決議を要する管理行為というべきであるから、法定相続分3分の1の原告が単独でこれをなしてもその効力を生じない。
七 再々抗弁(贈与取消に対するもの)
1 本件死因贈与について契約書等直接的な書面はないけれども、その直後に作成された本件公正証書により栄太郎の意思は明確にされているのであるから、本件公正証書をもつて本件死因贈与は書面に依るものといえる。
2 また、本件登記により本件死因贈与と符号する履行が既に完了している。
八 再々抗弁に対する認否
再々抗弁は全部否認し、争う。書面に依らざる贈与について法が撤回を認めた趣旨は、無償行為という特質に鑑み、慎重を期し、書面又は履行の存在をもつて贈与者の意思を確定しようとしたものである。しかるに、再々抗弁1、2項において被告が「書面」といい、「履行」というものは、右法の趣旨から遥かに離れたものである。
第三証拠 〔略〕
理由
一 請求原因1ないし3項については、当事者間に争いがない。
二 同4項についても当事者間に争いがないところ、これによれば、本件公正証書による本件遺言は適格者たる証人2名の立会いを欠いたことになり、その効力を有しないものという他ない。
三 そこで、抗弁について検討するに、各成立について争いのない甲第1ないし第4号証及び乙第1、第2号証、証人小山内喬逸及び同尾林國男の各証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件公正証書の作成を嘱託する直前、即ち昭和50年10月中旬ころ、本件死因贈与のなされたことが一応認められ、この認定に反する証拠はない。
四 そこで、再抗弁について検討する。
1 まず、再抗弁1項についてみるに、本件死因贈与をなした当時、栄太郎が高齢であつたことは明白であり、且つ、乙第1号証によれば署名ができないほど病弱であつたことが窺えるけれども、右をもつて直ちに同人が当時事理弁識能力及びこれに従つて意思表示をなす能力を欠如していたと認めることは相当でなく、他にこれを認めるに足りる確たる証拠はない。よつて、再抗弁1項は未だ採用できない。
2 つぎに、再抗弁2項についてみるに、原告が主張のとおり本件訴訟中に本件死因贈与を取消したことは当裁判所に明白である。これに対し、被告は、法定相続分3分の1の原告が単独で右取消しをなしても無効である旨反駁するけれども、請求の趣旨及び弁論の全趣旨に照らして、原告は、共同相続により取得した自己の共有持分3分の1の範囲内で右取消権を行使したことが明白であるから、被告の右反駁は主張自体失当である。因みに、右取消権の行使が不可分のものと解すべき合理的論拠は見出せない。また、右反駁の前提を採用したとしても、右取消権の行使は共有者が単独でなしうる保存行為というべきである。
五 そこで、さらに再々抗弁について検討する。
1 まず、再々抗弁1項についてみる。
既に明らかなとおり、本件遺言は、公正証書による遺言の適正な方式に違背したことにより無効であり、加えて、栄太郎は病気のため本件公正証書に署名しなかつたものである(前記人証調べの結果に照らすと、実際に署名できたのにしなかつたかの如くであるが、仮にそうだつたとすれば、以下の結論はより一層妥当する)。このような本件公正証書をもつて、その直前になされたという本件死因贈与についての民法550条本文所定の書面とみることは、同法554条の法意を論じるまでもなく、それ自体便宜的に過ぎ、明らかに失当である。ひいて、本件に顕われた全証拠に照らしても、本件公正証書をもつて本件死因贈与が書面に依つたものと認めることは到底困難である。よつて、再々抗弁1項は採用できない。
2 ついで、再々抗弁2項についてみる。
右のとおり、本件遺言は本件公正証書がその方式に違背したことにより無効となつたものであるところ、右の如き公正証書に依拠してなされた(乙第1号証によれば、本件遺言上、前記尾林國男を遺言執行者とする旨定められていることが認められるので、同人を通じてなされた)ことが弁論の全趣旨に照らして明白な本件登記手続の経由をもつて、民法550条但書所定の履行とみることは、格別に論じるまでもなく失当であり、再々抗弁2項は採用できない。
六 以上の次第であつて、本件遺贈をなした本件遺言は無効であり、本件死因贈与は原告の取消権の行使により3分の1の範囲で効力を失つたものであるから、本件登記は原告に対し3分の1の範囲内で抹消を免れず、原告の更正登記手続請求は理由がある。よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用し、主文のとおり判決する。
別紙 物件目録<省略>